「……」
 私に覆い被さる様に重なる観鈴。直接重なっている訳ではないが、観鈴の顔がすぐ目の前にある。い、いかん! 先程卑猥な画像を見ようと血気盛んに行動していたこともあり、この体勢は自制が利かなくなりそうだ。
「な〜〜んちゃって!」
「!?」
 緊張した顔立ちで私を見つめていた観鈴の顔が、突然小悪魔的な微笑へと変わった。
「にはは、驚いた? 往人さん、いけないことしたからお仕置」
「……。ふっ、お仕置にしては冗談が過ぎるな……」
 どうやら今のは私に対する観鈴なりの制裁らしい。余りに緊迫した顔だったので反応に苦しんだが、冗談で何よりだった。
「往人さん。ああいうサイトを見ちゃダメっては言わないけど、危険なサイトも多いからわたしがいない時に見ちゃダメだよ」
「むっ、分かった……」
 しかし正直な所、観鈴の保護観察の元エロ画像を漁りたいとは思わない。これは遠回しに見るのは厳禁だと言いたいのだろうか?
 もっとも、少女のパソコンでエロ画像を見ようとする私の行為は、確実に不健全なのだ。今後は自制を利かせてそういった画像は見ないように心掛けよう。
「さて、そろそろ床に入りたいのだが、どこで寝れば良いのだ?」
 今日はもう大人しく眠りに就こうと思い、私は観鈴にどこで寝れば良いか訊ねた。
「そうだね、往人さんの寝る所考えなきゃ」
 どうやら観鈴は私が寝ることまで考えていなかったらしい。まあ、世話になる身でああだこうだは言えないので、ここは大人しく待つとしよう。
「とりあえずわたしの部屋なんかはどうかな?」
「冗談はもう止めてくれ」
「にはは、ゴメン。お父さんの部屋に泊めるわけにはいかないし、本当にどうしようかな〜〜」
 観鈴は私に謝ると、再び考え始めた。これだけ泊める部屋が思い浮かばないということは、他に適当な部屋がないのだろう。
「部屋がないなら別に居間で構わんよ」
 このままだと話が進まないので、私は自ら居間で寝ることを提案した。
「えっ? でもそれだと往人さんに失礼だし」
「この季節だ。寝室で暖かい蒲団に眠るのではない。タオル一枚程度であれば、寝る場は特に問わん」
「往人さんがそれでいいなら構わないけど、でも一応お蒲団で寝て欲しいな」
「分かった」
 畳の上ではなく、フカフカの蒲団で寝て欲しい。それは観鈴の私に対するせめてもの厚意なのだろう。私はその厚意を素直に受け、居間に敷かれた蒲団で眠り始めた。
(しかし、今日は色々とあった1日だったな……)
 水沢から遠野へ移動し、そこで直也氏の助言を受ける。午後には釜石の橋上市場に移動し、人形劇を行う。そこで観鈴との再会を果たし、そして今に至る。
 自転車を走らせた疲れは既になく、五体満足な体で心地良い眠りに入れると思ったが、なかなか眠れそうにない。


わたし、夢を見ました

空の夢です。翼を広げて空を飛ぶ夢……

だから、もしかしたらわたしがその少女かもしれませんね

 あの時観鈴が私に語った言葉。観鈴本人は冗談だと受け流したが、私の耳からはどうにも離れそうにない。確かに、今は仮定の域を出ない推論に過ぎない。しかし、どうも観鈴には不思議な魅力というか、特別の感情と言っていい何かを感じずにはいられない。
(悩んでいても答えは見つからぬか。今日はとにかく眠るとしよう)
 考えた所で、今日の時点で結論を導き出すには情報量が足りない。余計な詮索は打ち止めにし、私は今度こそ眠りに就こうとした。
『鬼柳さん、鬼柳さん……』
(ん、誰だ? 観鈴か?)
 眠りに就こうと思った瞬間、突然女性の声が頭に響いて来た。最初は観鈴かと思ったが、観鈴は私のことを「鬼柳さん」とは呼ばない。
 ならば以前の八雲の様に私に何かしらの怨念を持ち、危害を加えようとする怨霊が話掛けているのか。
 しかし、この優しい声調は私に敵意を抱いている気配はない。一体何の目的で話し掛けているのだろうか?
『鬼柳さん、貴方は不思議な力をお持ちのようですね。そんな貴方なら、あの子と本当の友達になれるかもしれない……。鬼柳さん、どうかあの子と友達になって下さいね……』
 そう言い終えると、声は聞こえなくなった。今の声は一体何だったのだろう。その答えが見出せぬまま私は深い眠りへと入っていった。


第弐拾話「釜石散策」

「フィールドワーク?」
 朝目覚めて朝食を取り終えると、突然観鈴がそのようなことを語り始めた。
「はい。学校の夏休みの宿題で、自分の生まれ育った街について何でもいいから調べてレポートを書くんです」
「夏休み、もうそのような季節か……」
 初等教育すらまともに受けたことのない自分には、夏休みなどというのは無縁のものだった。実際は宿題などが出され、その期間一杯休めるという訳ではないようだが、それでも何となくだが惹かれるものがあった。
 最も、今の私の生活も、まともな社会人から見れば年の半分以上休んでいるお気楽なものにしか見えないだろうが。
「しかし、実際どのようなことをやるのだ?」
 フィールドワークなる横文字は初見で、何を指しているのか分からない。故に私はこれから観鈴が何を行うか訊ねた。
「うんっとね、簡単に言えば自分の足で歩いて色々なものを調べたりすることかな」
「成程。ようは課外学習みたいなものか」
「うん。そんな感じ」
「で、実際調べる場所などの見当はついているのか?」
 観鈴の話に寄れば、今日は3ヶ所程歩くとの話だった。
「今日は? 何日かに分けるのか」
「うん。この街結構広くて、自転車で歩いても1日じゃ周り切れないんです」
「ちょっと待て! 自転車だと……?」
 自転車という言葉を聞いて、私は嫌な予感がした。恐らく観鈴のことだ、自分一人で調べるとは言うまい。恐らく……
「うん。自転車で周るの。往人さんと一緒に」
「やはりそう来たか。私に宿題を手伝えと言うのだな?」
 実の所、街を散策する行為は今までやって来たのでそれ程苦ではない。寧ろ、今自分のいる街の歴史などが分かり、楽しみすら感じる。
 だが、自転車を運転するのは別だ。昨日の今日だ、未だ私は力を使わぬ限り自転車を運転することは出来ない。昨日は観鈴の家に向かうだけだったからまだマシだったが、今日は様々な所を回る上に、この家まで帰って来なければならないのだ。恐らく昨日以上の困難さを極めるだろう。
「迷惑、かな?」
「むっ、いや迷惑などではないぞ。いきなりだから多少途惑いを見せただけだ」
 観鈴が悲しそうな顔をしたので、私は咄嗟に弁明した。やはり私は観鈴の悲しむ顔を見たくないようだ。
「ありがとう往人さん。それじゃあ、探検わたしの街、しゅっぱ〜〜つ!!」



「最初に向かうのは『鉄の歴史館』だったな?」
「はい。この街は鉄の街と言っても過言ではないですから、そこに行けば街の歴史の概要が分かるんです」
 観鈴が今日始めに向かう場所に指定したのは、「鉄の歴史館」という博物館だった。観鈴の指示するがままに自転車を走らせる。観鈴の話に寄れば、当の博物館は橋上市場を更に南に行った所、有名な釜石大観音の近くらしい。
 橋上市場から南、海岸沿いに自転車を走らせる。短いトンネルを抜けた辺りから坂道に入った。正直二人乗りの坂道は辛い。しかし、まだ目的地にすら着かぬというのに弱音を吐く訳にはいかぬと、私は力でバランスを取りつつ根性でペダルを踏み続けた。
「そこの信号を右に曲がって、すぐの所を左に曲がるんです。
「了解した。ぬおっ!」
 観鈴の指示通り自転車を走らせる。信号を曲がってすぐの所には「鉄の歴史館」の方向を示す指示板があったので、道に間違いはないのだろう。
 問題はその先だ。観鈴の指示した道の先には、つい先程まで走っていた坂より急な坂が待ち受けていたのだ。
(この坂を登れというのかっ!?)
 信号で一時停止したことで、ようやくキツイ坂登りが終わったと胸を撫で下ろしていた。しかし、まさかその先に、より困難な坂が待ち受けているとは夢にも思わなかった。
「ファイト、往人さん! この坂を登れば最初のゴールだよ」
「ゴールか。やってみせる!」
 どうやらこの坂の先に目的の鉄の歴史館が待ち受けているようだ。もうゴールは目の前なのだ。ならばここは全力を尽くして登り切るまでだ。



「ふう。ようやく着いたな」
 全力で坂を登った先にようやく目的の建物が見えて来た。一見工場を思わせるかの様な外観は、いかにも鉄の博物館という感じだった。
「お疲れ様、往人さん。一休みしてから中に入る?」
「いや、今はとにかく涼みたい。とりあえず中に入ろう」
 博物館の外にはいくつかベンチが設けられていたが、今はベンチで休むよりも恐らく空調の効いているであろう博物館の中に入り、とにかく暑さから解放されたい。そう思い、私はとにかく博物館の中に入りたいと言った。
「ええっと、大人が500円に、高校生が300円。往人さん、誘ったのはわたしですし、わたしが払ってもいいんですけど、どうします?」
「500円位は流石に持ち合わせているよ。食と住を提供してもらっているのだ。これ以上の賄いはいらんよ」
 無理矢理誘われたのならともかく、私自身に見たいという気持ちが少なからずあるなら、入場料を払ってもらう義理はない。そう思い、私は自分で金を払って博物館の中に入って行った。
 博物館の中に入ると、まず目の前にはモニュメントが置かれ、海岸が良く見える休憩スペースがあった。早速休みたい所だったが、とりあえず先を進むことにした。
 最初足を踏み入れたのは総合演出シアターという所だった。暗い部屋にいくつか椅子が並べられており、奥には巨大な高炉のモニュメントが配置されていた。部屋の感じからして何かしらの上映を行う所なのだろうが、今は何も上映していないので先に進むことにした。
 進んだ先には、世界における鉄の発展が図によって説明されていた。図には世界で最初に鉄文化が発展した現トルコ地方のアナトリア地方に築かれたヒッタイト文明の名が刻まれていた。
「ヒッタイトが栄えた当時は、まだ青銅文化が主流だったんです。ですからヒッタイトの鉄文化によって造られた鉄製の武器は、言わば連邦の白い悪魔だったんです」
「連邦の白い悪魔と呼ばれても、例えが分からんぞ?」
「にはは、ゴメン。今の場合例えると、ジオンのザクが青銅製武器で、連邦のガンダムが鉄製武器。ガンダムはガンダリウム合金っていう新しい金属で造られたMSで、その硬い装甲にはジオンの武器は効かなかったんです。
 それと同じ様に、青銅製の武器だと鉄製の武器には歯が立たなかったって説明したかったんですけど……」
「その程度の知識は説明されなくても持ち合わせている」
「が、がおっ……」
 ヒッタイト云々の話は俄か知識ながら持ち合わせていたので、今更説明されるまでもなかった。しかし、観鈴の説明でガンダムというのが連邦の白い悪魔という異名を持っていたことを知り得たので、少なくとも観鈴の話を聞く価値はあった。
 先に進むと、大島高任おおしまたかとうという人物の説明が為されていた。何でもこの高任というのは日本で初めて銑鉄の製造に成功した近代製鉄の父とも言える人物らしいが、正直初めて聞く名だった。
 その先の展示物をいくつか眺めていると、突然館内アナウンスが流れ出した。何やら先程の総合演出シアターで映像が上映されるとのことだった。私と観鈴は館内見物を一旦取り止め、総合演出シアターへと向かって行った。



 総合シアターに着くと、ちょうど映像が始まる所で、正面左側に大スクリーンが、右側に小さめのスクリーンが現れた。
 暫くすると大スクリーンの方から映像が流れ出し、一息着いたと思った所で、小さめのスクリーンから映像が流れ出した。
「あっ、サイ太郎君だ!」
 右側のスクリーンに、最初に現れたのは、「サイ太郎」というやたら機会質なサイ型人間とも言うべきキャラクターだった。
「にはは。サイ太郎君に会うの久し振り」
「ほう。観鈴はあのキャラクターに詳しいのか?」
「うん。サイ太郎君は、じめん、はがねタイプのポケモンで、そのツノから繰り出すメガホーンは、いちげきひっさつの破壊力を誇っているんだよ」
「ほう。一見愛くるしい姿をしたキャラクターだが、実は戦闘的なキャラクターなのだな」
「にはは。往人さん、今の冗談。サイ太郎君はポケモンじゃなくて、この博物館のマスコットキャラクター」
「なっ!?」
 ポケモンと言うのを名前くらいしか知らなかったので、うっかり観鈴に騙されてしまった。しかし、博物館のキャラクターとは、何かと硬派なイメージのある博物館にマスコットキャラがいるとは、何とも意外なことである。
 その後、続けてまた大島高任という人物が登場して来た。どうもこの博物館は、大島高任という人物を大々的に宣伝したいようだ。
 映像は約10分程度流され、釜石の鉄の歴史を映像を交えながら解説し、なかなか分かり易い映像だった。
「しかし、展示物や映像を見る限り、大島高任なる人物は日本の近代化に欠かせなかった人物であるようだが、あまり名を聞かんな」
 映像を見終わった後、そんな会話を観鈴と交わしながら館内を見学し歩いた。
「う〜ん、仕方ないかな。当時は幕末で新撰組や坂本竜馬さんのような幕末の志士達さんの方が有名だし。製鉄所も日清戦争の賠償金を元に建てられた八幡製鉄所の方が有名だし」
「成程」
「例えばエジソンさんとか日本の平賀源内さんとか、発明家だったらそれなりに有名な人がいるけど、技術者で有名な人ってあんまり名前聞かないし。
 でも、技術屋さん達は歴史を裏方で支えている人達だと思うんです。どんなに華やかな舞台でも裏方さんがいなければ劇が成り立たない様に、技術屋さんをなくして歴史は成り立たないと思うんです。
 所謂英雄と呼ばれる人達が華々しく活躍する裏側で、決して歴史の表舞台に立つことはないけど、技術屋さん達は歴史を影で支えて来た偉大な人達には変わりがないと思うんです。
 そういう影の立役者を少しでも表舞台に上げようと、この博物館は頑張ってる。だからわたしはこの博物館のそういう所が好きかな」
 歴史の表に出ることはないが、確実に歴史を支えて来た人々。輝かしい英雄伝の裏側には、そういった人々の絶え間ない活躍が綴られているのだろう。
 現在に至るまでの人間一人一人が、歴史の立役者。一人一人が壮大な歴史という物語サガを奏でる人達。ならばこの私も、絶え間なく続く歴史の立役者の一人なのだろうか?



 一階の展示物を粗方見終えた私達は、その足で二階の展示室へと向かって行った。二階は主に高任以外の釜石の近代化に貢献した人や、近代から現代に至るまでの釜石の工場の歴史が、様々な展示物で紹介されていた。
「ん? これは」
 あらゆる展示物の中で、私の目に付いたものがあった。それは、先の大戦における釜石の惨状を説明したものだった。説明に寄れば、この街は昭和20年7月14日と8月9日の二度米軍の襲撃を受け、戦艦3隻による砲弾計2565発の損害を受けたという。
 先の大東亜戦争時には、戦艦は既に旧時代の遺物と化していたが、拠点制圧などには十分有効だったという話を聞いたことがある。
 戦艦の砲撃、と聞くと焼夷弾を投下する程の破壊力がないように感じるが、例えば戦艦大和の46センチ砲の砲弾の直径は2メートルを超える。米軍の戦艦は大和級戦艦よりは小さいだろうが、それでも人の背丈程の砲弾を飛ばす砲台は装備されていただろう。
 そんな巨大な砲弾を2565発も浴びたのだ。その被害は想像を絶するものだっただろう。
「この街に日本最初の洋式高炉が建造されて以来、釜石は鉄の街として発展しました。だから、この街はこの前の戦争で多大な被害を受けたんです……」
 鉄の街ということは、有事の際はあらゆる軍事物資の製造に携ることを意味する。敵にして見ればこの釜石は軍事都市。戦略的観点からも敵の軍需工場を叩くのは、理に適った策略だ。
 皮肉にも、この街が鉄の街だったからこそ先の大戦で多大な被害を被ることとなったのだろう。
 いや、その考え方は自虐的か。ようはあの戦争で日本が勝てば、この街は戦火に晒されなかったのだ。先の戦争、日本にもう少し戦略的観点、合理的発想があれば、例え物資が乏しい戦況下においても史実よりは善戦出来ただろう。そのことが悔やんでならない。
「でも、戦争の惨禍では釜石の炎を消すことは出来なかったんですよ。戦後間もなく釜石の炎は再び燃え出し、戦前以上の繁栄をこの街にもたらしたんです」
 戦後日本は高度経済成長を遂げ、荒廃した国を奇蹟的に立ち直らされた。それはこの釜石も例外ではなかったのだろう。祖国の高度経済成長の恩恵を受け、戦後もまた鉄の街として発展し続けたのだろう。
「戦後、釜石の製鉄所はあの八幡製鉄と合併し、名を新日本製鉄釜石と改め、名実共に日本最大の鉄鋼会社となりました。その後新日鉄釜石は鉄鋼業だけではなくラグビーでも7連覇を達成し、釜石の炎は高らかに燃え続けました。
 でも、そんな釜石の炎もとうとう陰りを見せる時が来たんです……」
 戦禍の中ですら消えず燃え続けた釜石の炎を消したのは、時代の流れだったと観鈴は語った。高度経済成長が終わりを遂げると共にこの国の産業構造は変化し始め、その影響を受け釜石の炎は次第に勢いを弱めて行ったという。
「昭和60年に第2高炉が休止し、そして平成元年には第1高炉が休止しました。その後平成5年には釜石鉱山での鉄鉱石の採掘も終わり、この街の炎はどんどん輝きを失って行きました。
 今も新日鉄釜石はあるし、釜石の鉄の炎は完全に消えた訳ではありません。でも、もう昔の様に輝くことはないんですよね……」
 そう観鈴が、悲しそうな声で語り終えた。そうか、この街も同じなのか。京の都に勝るとも劣らぬ繁栄を見せた平泉、民話の里として親しまれた遠野と同じように、この釜石もまた、無常なる時代の流れにより変革を余儀なくされた街なのだ。



「ふう。ようやく一息着けるな」
 二階の展示物を見た後、三階へと向かう。三階に上がると目の前に海岸がよく見える休憩室があったので、私はそこで一息着くことにした。
「往人さん、本当にいらないんですか?」
「ああ。飲み物くらい自分で飲みたい物を買うさ」
 観鈴は予め持って来たあの似非ジュースを私に勧めたが、私は丁重に断った。この間は我慢して飲み干したが、正直もう二度と口にはしたくない。
「往人さ〜ん! こっち、こっち〜〜」
「やれやれ。休む暇なしか」
 ジュースを飲み終えると、観鈴がはしゃぎながら手招きした。どうやら三階の展示物を余程見せたいようだ。
「ほう、これは……」
 観鈴に手招きされた展示室に飾られていたのは、巨大な壁だった。説明書きによると、これはアンモナイト化石群のレプリカらしい。レプリカということで希少価値は皆無だが、しかしレプリカが存在しているということは本物も存在している訳で、このような化石の壁が実在するとは圧巻の一言に尽きる。
「このアンモナイトさん達が生きていたのは今から1億9500万年前。人類が生まれるずっとずっと前の時代、恐竜さん達が栄えていた時代。今は生きていない絶滅した生物。
 恐竜さんと同じで、誰もその生きてる姿を見たことはないんです。一体この生物達はどんな姿だったんだろ? 何を食べどう生きていたんだろ? そう人が存在しない時代に想いを馳せるのって、ロマンチックだと思いませんか?」
「ロマンチックか」
 ロマンチックなどという横文字は私に相応しくはないが、しかし既に存在しない生物達の生き様を想像するのは、確かに惹かれるものがある。
 博物館の展示物を見終えた私達は、その足で「鉄の歴史館」を後にしたのだった。



「往人さん、こっちだよ、こっち」
 博物館から外に出、自転車を止めた駐車場へと向かう。そこで観鈴は何やら見せたいものがあるらしく、私を目的の場所へ手招きする。
「何だ、まだ何か見るものがあるのか?」
「うん! ひょっこりひょうたん島の歌碑!」
「ほう。確かにこれは……」
 観鈴に手招きされた先には、確かにひょっこりひょうたん島の歌碑が立てられていた。確かNHKで放映されていた人形劇で、私も幼い時何度か見た記憶がある。
「しかし、何故このような所に歌碑が立てられているのだ?」
「う〜ん、わかんない。原作者の井上ひさしさんが『吉里吉里人』っていう小説書いて、その小説の舞台になった吉里吉里って所が隣町にあるんだけど、多分それと関係があるのかな?」
「しかし、それだとその吉里吉里という地にある方が自然なのではないか?」
「にはは、確かに。やっぱり何でここにあるのかわかんないや」
 観鈴にも理由の分からない歌碑。しかし、そののびのびとした歌詞は、この重苦しいイメージのある鉄の歴史館には何とも似つかわしくなく、逆にそれが意外性に富んだ面白みを醸し出している。
「さて、そろそろ次の目的地に向かうか!」
「うん! ひょうたんじ〜まは〜〜どこへ〜ゆ〜〜く♪ ぼくらをのせ〜てどこへ〜ゆく〜〜♪ っていう感じにしゅっぱーーつ!」
 こうして私と観鈴は数十分前に駆け上がった坂道を、今度は逆に一気に下って行ったのだった。


…第弐拾話完

※後書き

 という訳でして、予告通りのフィールドワークネタを使いました。今回のネタ書く為だけにわざわざ釜石取材に行って来ましたよ。
 さて、前回アレな引きで終わった訳なのですが、基本的に私が借りてるサーバーは18禁物禁止なので、残念ながらそういった展開には至りません(笑)。でも、終盤には観鈴ちんのHシーンを書きたいと思ってるんですよね。その時はその時で18禁OKなサーバーを借りたいなと思っております。

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